森次医院では海外赴任、出張、留学、ボランティア活動、観光など、海外 旅行のための予防接種や健康相談などを専門に行っています。

マラリア対策
1. 病原体と症状

 マラリアの病原体は人の赤血球と肝細胞に寄生する原生動物です。熱帯熱(Plasmodium falciparum)、三日熱(Plasmodium vivax)、卵形(Plasmodium ovale)、四日熱(Plasmodium malariae)の4種類が存在し、人とハマダラカの間に感染の輪を形成しています。マラリア患者から吸血した雌のハマダラカの体内で、人の赤血球内で形成された雌と雄の生殖母体が合体してオーシストと呼ばれるものが作られ、オーシスト内でスポロゾイトと呼ばれるヒトに感染性の虫体が形成されます。スポロゾイトは蚊の唾液腺に蓄積され、吸血時に人に注入されます。人の体内に侵入したスポロゾイトは肝臓の実質細胞(肝細胞)に感染します。肝細胞中の分裂増殖により赤血球に感染性のメロゾイトが形成され、約1週後に流血中に放出されます。メロゾイトは赤血球中で盛んに分裂増殖し、赤血球を破壊して流血中に放出されます。赤血球感染は同期的に進行し、大量赤血球破壊が発生する度に、倦怠感、頭痛、筋肉痛、関節痛、吐気、多尿、悪寒を伴う39〜41℃の発熱などの症状があらわれ、2〜3時間後に大量に発汗して解熱します。この一連の症状がマラリア発作と呼ばれています。発作の周期は、三日熱マラリア、熱帯熱マラリア、卵形マラリアなどは約48時間、四日熱マラリアは約72時間です。蚊に刺されてから発病までの潜伏期間は、三日熱マラリア、熱帯熱マラリアなどは10〜14日間です。四日熱マラリアは約1か月とされています。熱帯熱マラリアに感染すると脳症を起して死亡することがあります。

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2.予防法

 マラリア予防の基本は蚊に刺されないことです。ハマダラカは雨期に多発し、日没から夜明けの時間帯に吸血活動をします。マラリアの危険地域では夕暮れ時から必ず長ズボンと長袖シャツを着用し、昆虫避けスプレーなどを使用します。DEET含有のスプレー剤(ムシペールα)は日本で購入できますが、外国ではDEET不含のBayrepel(バイレペル)も販売されています。窓に網戸がない部屋とかエアコンが設置されていない部屋で就寝する際には蚊取り線香とか蚊帳が必要になります。余談ですが、住友化学が防虫剤を練りこんだオリセットネットと呼ばれる蚊帳を開発し、マラリア危険地域で広く使用されています。感染の危険性が高い地域ではマラリア予防薬を服用します。主なマラリア予防薬は、クロロキン(Chloroquine)、クロロキンとプログアニル(Proguanil)の併用、アトバコン(Atovaquone)とプログアニルの配合剤、メフロキン(Mefloquine)、ドキシサイクリン(Doxycycline)などですが、旅行先のマラリアの種類、薬剤耐性マラリアの情報、感染のリスクなどを考慮して使用する薬剤を決めます。世界保健機関(WHO)はマラリア感染のリスクを4段階に分け、次のような対応を推奨しています。

マラリア感染のリスク 対応
T 非常に僅かなリスクがある地域 蚊に刺されない予防法だけでよい。
U 三日熱マラリアだけ、又はクロロキン感受性の熱帯熱マラリアのリスク地域 蚊に刺されない予防法を行い、クロロキン単剤を用いる。
V 三日熱マラリアが主であり、クロロキン耐性マラリアとか熱帯熱マラリアが混在する地域 蚊に刺されない予防法を行い、クロロキン、プログアニルの2剤を併用する。
W (1)クロロキン耐性熱帯熱マラリアの高度なリスク地域
(2)マラリア感染のリスクは中等度又は軽度であるが、高度な薬剤耐性熱帯熱マラリアが存在する地域
蚊に刺されない予防法を行い、メフロキン、ドキシサイクリン、アトバコン‐プログアニル配合剤などを用いる。(薬剤耐性の実情に応じた予防薬を選ぶ)

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3. マラリア予防薬

 熱帯熱マラリアに感染するリスクが高い地域では、プログアニルとアトバコン(Atovaquone)の配合剤(マラロン:Malarone)、メフロキン製剤(ラリアム:Lariam、メファキン:Mephaquineなど)、ドキシサイクリン製剤(ビブラマイシン:Vibramycin)などが予防内服剤として推奨されています。これらの抗マラリア剤は単独又はキニーネなどとの併用により治療薬として使用されます。古くから中国でマラリア治療などに用いられていたキク科ヨモギ属のクソニンジン(和名)から抽出されたアルテミシニン(Artemisinin)が最近注目されています。アルテミシニンから誘導されたアーテスネート(Artesnate)とかアーテメター(Artemether)とルメファントリン(Lumefantrine)を併用するACT(Artemisinin-based combination therapy)療法が有効であるとされています。WHOの出版物「国際旅行と健康(International Travel and Health)」には、これらの薬剤の予防内服法、ACTを含めた治療法などが詳しく解説されています。
日本ではメフロキンだけがマラリア予防薬として販売されています。テトラサイクリン系抗生物質であるドキシサイクリンは抗マラリア剤としては認可されていません。これら以外のマラリア予防薬は入手できません。以下は2007年版International Travel and Healthに記載されている、メフロキンとドキシサイクリンの予防内服時の用量、禁忌などの要約です。

メフロキン

用量:毎週1回、5mg/kg体重(大人は275mg錠を1錠)を服用する。流行地に入る少なくとも1週前(2〜3週前からが望ましい)から服用を開始し、帰着後も4週間継続する。
禁忌:メフロキン過敏症、うつ病などの精神疾患、痙攣性疾患の患者と既往者、重症の精神神経疾患既往者、ハロファントリン服用者、メフロキン治療後4週間以内、飛行機のパイロットとか機器類の操作をする人、妊娠初期の妊婦など。
その他の事項: 体重5kg未満の幼児は安全性に関するデータがない。授乳は支障がない。短期間のメフロキン服用で何らの支障が現われない場合には、長期間服用しても重大な副作用が発生するリスクが増えることはない。


ドキシサイクリン

用量:毎日1回、1.5mg/kg体重(大人は100mg錠を1錠)を服用する。流行地に入る1日前から服用を開始し、帰着後も4週間継続する。
禁忌:テトラサイクリン過敏症者、肝機能障害者、妊婦、8歳未満の幼児、授乳など。
その他の事項: ドキシサイクリンは日光に対する皮膚の感受性を増強するので、日焼けを起こし易い人は直射日光を避ける必要がある。ドキシサイクリンは食道に滞留すると潰瘍を起こす危険があるので大量の水を用いて服用する。4〜6か月を超える長期服用データは少ないが悪い結果は得られていない。女性の場合は長期間服用すると膣カンジダ症のリスクが増加する可能性がある。

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4. 多剤耐性マラリア

 長年、クロロキン(Chloroquine)がマラリア予防薬として重宝されてきましたが、クロロキン抵抗性の熱帯熱マラリアの出現と汚染地域の拡大により、現在では、クロロキンによる予防が可能なリスク地は、中近東の一部、エジプト、ドミニカ共和国、ハイチ、中米のパナマ運河以西などの僅かな地域に限られています。世界の大部分の熱帯熱マラリアリスク地ではクロロキン単剤は無効です。米国CDCはクロロキンとプログアニル(Proguanil)の併用法も危険であると警告しています。アマゾン流域、東南アジア、アフリカなどではファンシダールにも抵抗性の熱帯熱マラリア汚染地域が拡大中であり、アトバコン(Atovaquone)とプログアニルの配合剤、メフロキン(Mefloquine)、ドキシサイクリン(Doxycycline)、などが予防薬として推奨されています。タイとミヤンマー国境地帯、タイとカンボジアの国境地帯などはクロロキンとメフロキンに抵抗性の熱帯熱マラリアの危険地域とされています。最近、カンボジア全土からベトナム南部の山岳地域まで拡大し、南米のブラジルのアマゾン河口部、仏領ギニア、スリナムなどでも同様の多剤耐性熱帯熱マラリアが発見されています。これらの地域ではアトバコン(Atovaquone)とプログアニルの配合剤、ドキシサイクリン(Doxycycline)などの予防内服が推奨されています。

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5. 待機治療

 熱帯熱マラリアは急激に進行する病気です。リスク地域に入り、1週以上経過後に発熱した場合には、直ちに医師の診察を受け、マラリアの診断・治療を受けなければなりません。発熱後24時間以内に治療を開始しなければ、脳症などの重篤な合併症を起こす危険があるので、辺鄙な熱帯熱マラリアのリスク地域に1週間以上滞在する旅行者、辺鄙な空港に度々着陸するパイロットなどは、防蚊対策に加えて、自己責任による緊急待機治療(Stand-by emergency treatment, SBET)の準備をする必要があります。待機治療は応急手当なので、急いで適切な診断と治療を受けなければなりません。クロロキン抵抗性熱帯熱マラリアの感染リスク地では、メフロキン(Mefloquine)、キニーネ(Quinine)、アーテメターとルメファントリン合剤(Artemether/lumefantrine)コアルテム(Coartem)、アルテミシニン(Artemisinin)とビスキノリン(Bisquinoline)の配合剤(デュオコテキシン:Duo-Cotecxin)、アトバコンとプログアニル合剤(Atovaquone/Proguanil)マラロン(Malarone)などが待機治療に使用されています。クロロキンとメフロキンに抵抗性の熱帯熱マラリアはキニーネの効果が低いとされています。このような地域での待機治療にはコアルテムとかマラロン用いることになりますが、これらの薬剤は妊婦と幼児に使用できません。多剤耐性熱帯熱マラリアの感染リスク地に妊婦とか幼児を同伴する旅行は好ましくありません。

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